地域ねことマイクロチップ制度

地域ねことマイクロチップ制度

 「マイクロチップ」について耳にされたことはありますか? 実はそのマイクロチップが、2020年から一部で義務化され、そのことが地域ねこ活動の将来に大きな影響を与えるかもしれない、という話をしたいと思います。

マイクロチップ(MC)って、どんなもの?

 「マイクロチップ(以下MC)」は、ねこや犬の体内(通常は首の後ろ側の皮下)に注射器を使って埋め込むID標です。直径2mm、長さ8〜12mmの円筒形をしていて、生体適合ガラスで覆われた内部にICチップ・コンデンサ・電極コイルが収められています。ICチップには15桁の数字(ID番号)が記録されており、専用のリーダーを使うことで、体の外側からその番号を読み取ることができます。読み取ったID番号を、埋め込み時に登録したデータベースと照合することで、たとえば迷子で保護されたねこや犬の飼い主に連絡を取ることが可能になる、とされています。ちょうど「飼い主の連絡先の書かれた、見えないけれど、はずれない首輪」をしているようなものですね。

 15桁のID番号は、世界中で共通のものとなっていて、たとえば「123456789012345」という番号をつけた動物は、世界中でただ1匹になります。その子が生まれる前にも、死んでしまった後にも、同じ番号をつける動物はいません。

 ID登録時に登録される内容は、日本国内で標準的に利用されているAIPO(動物ID普及推進会議)の場合、(1)飼い主が記入する「飼主情報」と、(2)獣医師が記入する「動物情報」とに大別されます。

〔飼主情報〕

  • 飼い主氏名
  • 飼い主住所
  • 飼い主電話番号・FAX・E-mail・緊急連絡先

〔動物情報〕

  • 動物の名前
  • 動物の生年月
  • 動物の性別(♂・去勢♂・♀・避妊♀・不明)
  • 動物種(犬・ねこ・その他)・種類コード(3桁)・毛色コード(2桁)
  • ID番号(15桁)
  • 獣医師氏名・登録番号
  • 動物病院名・住所・電話番号・FAX・E-mail

国内のMC制度のあゆみ

 もともとMC制度の導入に熱心なのは日本獣医師会です。1997年に初めて国内にMC製品が入ってきましたが、翌1998年には日本獣医師会内にデータベースの管理システムが構築されました。

 2002年12月、MC制度の普及・啓発やデータベース登録業務に関わる国内で最大の組織AIPO(動物ID普及推進会議)が、日本獣医師会と全国動物愛護推進協議会(4つの全国規模の民間動物愛護団体による連携組織)の共同で設立されます。AIPO設立に合わせて、全国動物愛護推進協議会を構成していた4団体のひとつである日本動物保護管理協会が、AIPO事務局としてデータベース管理の実務を日本獣医師会から引き継ぎましたが、同協会は2010年に日本獣医師会に吸収合併されたため、再び日本獣医師会がAIPOデータベースを管理する役割を担うことになって、現在に至ります。

 こうしたシステムの整備と並行して法制化の動きも進められ、2006年に出された動物の所有者明示に関する告示(平成18年環境省告示第23号)のなかで、(1)首輪や名札と並ぶ所有者明示の方法としてMCが例示され、(2)保健所などの関係行政機関にMCリーダーを整備する方向性が示されました。続いて、前回2013年の「動物の愛護及び管理に関する法律(動愛法)」改正時に、販売されるねこ・犬等に対するMC装着を義務付けるための検討に入ることが明記されます(平成24年法律第79号)。

 そして2019年6月19日に公布された今回の動愛法改正(令和元年法律第39号)で、(1)ねこや犬の繁殖業者等はMCの装着・登録を行なうこと、(2) MCを装着されたねこ・犬の飼い主はデータベースの登録内容に変更が生じた場合に変更手続きを行なうことなどが義務付けられました。なお、今回の動愛法改正は、全体としては2020年6月1日に施行される見込みですが、MC装着義務化に関しては、実施準備に相応の時間がかかることが予想されるために、最大で2022年6月までずれ込むとされています。

MC義務化の影響(飼いねこの場合)

 今回の改正法施行時には、MCを埋め込む「義務」があるのは犬猫等販売業者のみとされており、一般の飼い主については今のところ「努力義務(装着するように努める義務)」のみが課せられています(また上でも述べたように、20年の改正法施行直後には準備が間に合わないため、実際にシステムが動き出すのは22年6月ごろと想定されます)。

 ですから、「うちの飼いねこには今MC入れてないけど、これからは入れないとダメなの?」という疑問に対する答えは「ダメではない(入れるのが望ましいけど)」ということになります。

 一方、「MCの入ったねこを買った/譲り受けたけれど、別に何もしなくていいんだよね?」という疑問に対しては、「引っ越したり、携帯の番号が変わったり、他人に譲ったり、その子が亡くなったときには、届け出なければならない(義務)」ということになっています。これは、現在の狂犬病予防法で犬に対して定められている「鑑札」制度と同じように考えればよく、実際、MCが装着された犬については、MCを鑑札とみなすことが規定されています。

 これは言い換えれば、MCを埋め込むことで、ついに、ねこにも鑑札登録制度が導入されるということでもあります。1950年の狂犬病予防法で犬の鑑札登録制度が導入されたのに遅れること70年ですが、日本におけるひととねこの関係を考える上で、これは画期的なことだと思います。

 さらに、今回の改正法附則第10条では、今後の5年間でMCの装着・登録の義務づけ範囲を広げるための検討を進めることも規定されています。次回の動愛法改正時(2024〜25年ごろ)か、遅くとも次々回の改正時(2030年ごろ?)には、一般の飼い主に対しても、MCの装着・登録が「努力義務」から「義務」へと変わることが予想されます。EU諸国を中心に、MCは義務化される流れが加速しており、日本においても一般の飼い主の「義務」となることは、おそらく避けられないでしょう。

 ねこや犬の寿命を15〜20年程度と見込むと、ほぼすべての日本の飼いねこ・飼い犬にMCが装着されるのは2040〜45年ごろでしょうか。まだまだずいぶん先のように思えますが、「ねこや犬にはMCが入っているものである」という意識は、それよりもかなり前にあたりまえのものになるはずです。そしてそのことが、地域ねこ活動に対しては、かなり大きな影響をもたらすことになります。

MC義務化の影響(地域ねこの場合)

 狂犬病予防法によって犬の鑑札制度が浸透していく1950~60年代においては、捕獲員による野犬狩りが行なわれ、鑑札を付けていない「野犬」は基本的に全頭が殺処分されました。

 「鑑札」は、犬を飼い主に結びつけるためのシステムです。鑑札をつけていない犬は、飼い主に結びついていない犬、つまり所有者のいない犬です。「所有者がいない犬は殺してよい」というのは、今の感覚からすると相当に乱暴な論理ですが、当時はそれが当然とされていました。

 「MC」が広く普及した場合にも、同じことになるはずです。MCをつけていないねこは、飼い主に結びついていないねこ、つまり所有者のいないねこです。「だから殺してよい」とはさすがにならないでしょうが、ひととねこがMCによって結びつけられて暮らす社会のなかで、宙ぶらりんな存在となってしまうことは避けられないでしょう。

 一方、「地域ねこ」は、所有者(飼い主)はいないねこです(きちんと管理してくれる・お世話してくれる人はいますけれども)。将来的に「ねこにはMCが入っていて、決まった飼い主がいるものだ」という常識ができあがっていくにしたがって、「飼い主のいない」地域ねこの肩身は相対的に狭まっていくことになります。

 地域ねこの耳に入っている「耳カット」は、管理するひとがいることの目印として、少なからずそのねこの肩身を広くしてくれていましたが、耳カットだけでは「どこのだれが」管理しているのかまでは明らかにしてくれません。「どこのだれのねこ」であるかをはっきりさせるMCが常識化するそう遠くない将来において、「どこかのだれかのねこ」でしかない耳カットのみの地域ねこは、一段低い地位に甘んじなくてはならないでしょう。

 では、地域ねこにもMCを入れるべきなのでしょうか? もし入れた場合、現在のシステムでは、お世話係さんはお世話ねこさんたちの「飼い主」という位置づけになります。MCは、ねことひととを結びつけるための道具であり、その場合の関係性は「飼いねこと飼い主」以外を想定していません。たとえ書類上であっても、「地域ねこの飼い主になる」という、これまではありえなかった状況に地域ねこ活動は向き合わなければならなくなるのです。

 「飼い主でもないのに、のらねこのお世話をするボランティアだなんて、物好きだねえ(でも、よくがんばるよね)」という地域社会からの温かい視線が、これからも地域ねこ活動のお世話係さんに注がれ続けるだろうか。どうかすると、「飼い主なのに、たくさんのねこを外で放し飼いにして」なんていう冷たい視線に変わらないとも限らない。管理するたくさんのねこたちに、MCを埋め込んで登録する金銭的な負担も大きなものになります(手術費用と登録費用を合わせると、1匹あたり6,000円前後)。

 MC制度が推進されて、飼い主と飼いねこの関係が密になること自体は喜ばしいことですが、「飼い主ではないお世話係さん」と「飼いねこではない地域ねこ」との関係が、それによってこの先どうなっていくのか。システムに収まりきらない存在である地域ねこ活動にとっては、また一つ、悩みの種が増えることになりそうです。