地域ねこ活動とSDGs
「地域ねこ活動」はサステナブルか?
「SDGs」というキーワードを最近よく耳にするようになりました。全部で17あるSustainable Devolopment Goals(持続可能な開発目標)がめざすのは、「貧困や飢餓、暴力を撲滅し、地球環境を壊さずに経済を持続可能な形で発展させ、人権が守られている世界を実現すること」とされています。地球規模で社会のありようを変えていこうとする壮大なパラダイムシフトと「地域ねこ活動」とを結びつけるのは、ミスマッチでしょうか? 実は、意外とそうでもないかもしれません。
SDGsが目配りしようとしているのは、これまで「弱者とされてきたひとびと」「置き去りにされてきたひとびと」「居場所を与えられてこなかったひとびと」です。あくまで対象は「人間」ですが、そのまなざしをもったまま「地域ねこ」を視野に入れてやると、こんな感じになります。「冷たいねぐらや乏しい餌、心ない人間からの虐待を撲滅し、地域環境を壊さずにねこたちの管理を持続可能な形で継続し、ねこたちの生き物としての尊厳が守られている世界を実現すること」。――どうでしょうか? 驚くほどしっくりくるように見えますよね。
しかし、考えてみればしっくりくるのはあたりまえなのです。なぜなら、地域ねこになるねこたちは「弱者とされてきたねこ」「置き去りにされてきたねこ」「居場所を与えられてこなかったねこ」だから。そうしたねこたちの肩身を広げ、温かい手を差し伸べ、居場所を与えるのが「地域ねこ活動」です。そんなわけで、「地域ねこ活動」とSDGsはシンクロするものだと言えます。
SDGsにおいて肝心なのは、それが「Sustainable(持続可能)」たりえるか、という点だと言えます。一時的にどかんと援助をしてやることで、当面の貧困問題はしのげないこともない。けれども、継続的に大きな援助をし続けることはたやすいことではないし、援助に頼り続けることは自立した経済システムを育て上げるためにはむしろマイナスだったりする。「Development(社会発展)」の歯車を自律的に回し続けるためには、どうしても社会そのものを変えていく必要がある。そのための手がかりがSDGsでした。
では、「地域ねこ活動」はサステナブルになり得るか? これが、今回考えてみたいことです。行政などからの助成や一時的な寄付に頼るのではなく、また、お世話係さんの献身的な自己犠牲に頼るのでもない、自律的な歯車を回していけるような地域社会へと変わっていけるだろうか? という問いになります。
前置きが長くなりましたが、「サステナブルな地域ねこ活動」にとって必要なのはどんなことなのか、それをM町の地域ねこ現場の事例をもとに考えていこうと思います。
M町の地域ねこ現場(2023年11月現在)
このカレンダーを制作している時点のM町の地域ねこは、全部で16匹になります。ちょうど1年前には17匹でしたが、3匹が病気で亡くなり、2匹が流入してきました。このほか、子ねこ2匹が遺棄されましたが、お世話係さんが自宅に保護して里親さがしを行ない、1匹はおうちが決まり、もう1匹はおうち探し継続中です。
お世話係さんブログ(日々是あらのすけ)から、現場のねこを古株順に並べてみます。
- 1号ちゃん(2013年春~)もともと隣接する餌やり現場にいたが、食事時間だけ顔を出すようになり、14年春ごろから定着。推定11~12歳。
- 2号ちゃん(2013年春~)1号ちゃん同様、隣接現場から食事時間だけ顔を出すようになり、14年春ごろから定着。推定11~12歳。23年3月11日皮膚炎悪化で受診、投薬治療となる。5月半ばに皮膚炎再発。
- おじょうちゃん(2014年初め~)1号ちゃんの子どもで、1号ちゃん・2号ちゃんよりやや早く定着。推定10歳。23年1月18日排尿障害が見られたため受診。
- とらじろう(2014年8月~)人慣れした状態で流入(遺棄?)、2か月ほどで定着。推定10~11歳。
- とらきちくん(2014/15年冬シーズン~2023年5月11日永眠)非常に人慣れした状態で流入、元の場所に帰る気配がなく定着。23年4月後半から目に見えて体重減少、5月5日には固形食が食べられない状態になり入院加療(~5月7日)。腎不全ステージ4の診断を受ける。5月11日永眠、享年推定10歳。
- さつきくん(2016年5月~)両足にけがをした状態で現れる。遺棄か流入か判断できず。推定9歳。22年末から歯肉炎/口内炎が徐々に悪化。23年春ごろから痩せてくる。7月歯肉炎/口内炎悪化、胸の周りの毛が汚れてくる。9月から食欲不振・体重減少。10月24日受診、奥歯の抜歯を検討することになる(あわせて抗生剤・鎮痛剤投与、点滴実施)。23年11月14日抜歯手術、予後良好。
- しゅうくん(2017年10月~)ガリガリに痩せて、皮膚炎もひどく脱毛した状態で現れる。警戒心が強かったが1か月ほどでやや慣れる。推定7~8歳。
- みーくん(2018年春~)隣接する餌やり現場から移動してくる。推定13~14歳。23年1月下旬歯肉炎/口内炎悪化、1月31日受診・抗生剤投与、予後良好。3月皮膚炎・投薬。5月2日皮膚炎と首下の腫瘍で受診、消炎剤・抗生剤・駆虫剤投与、予後良好。8月中旬食欲不振、口内炎悪化。8月16日受診、抗生剤・消炎剤投与。8月18日受診、点滴投与。8月下旬食欲復調。
- りくくん(2018年8月~)隣接現場に現れた後移動してくる。 推定6~7歳。
- さばおくん(2018/19年冬シーズン~)非常に警戒心が強い状態で現れる。推定7~8歳。23年3月左頬に膿疱ができ、その後破裂。経過は良好。7月半ばから体重減少気味。
- とらにくん(2019年4月~)人慣れした状態で現れる(遺棄か流入か判断できず)。推定5~6歳。
- しゅんくん(2019年5月~)……毛並みがきれいな状態で現れる(遺棄?)。推定5歳。
- くるみくん(2019年10月~2023年7月17日永眠)現場近くに遺棄され、そこに数回餌やりに通ってきたのが目撃されている。まもなく流入。22年11月1日受診、左手甲の膿を抜き、抗生剤・鎮痛剤投与、予後良好。23年7月14日極度の食欲不振で受診、発熱・脱水が見られたため解熱剤・抗生剤投与。7月17日永眠、享年推定5~6歳。
- れいちゃん(2020年1月~)6~8か月齢くらいの状態で現場に遺棄。推定4歳。
- ぐりくん(2021年2月~)現場に遺棄。推定3歳。23年6月10日釣り針3本が肉球と上あごに刺さった状態で、土曜夜に隣市まで病院を探して受診、鎮静をかけて外す。
- ぐらくん(2021年2月~2023年6月22日永眠)犬用の首輪を付けた状態で現場に遺棄。ガリガリに痩せていた。23年1月6日全身にダニがついた状態で受診、駆虫薬投与。6月11日顕著に食欲が減退して受診、抗生剤投与。6月17日受診、白血病陽性、点滴投与。6月22日永眠、享年推定3~4歳。
- ゆかぞうくん(2021年11月~)現場に流入。推定5~6歳かそれ以上。22年後半から歯肉炎/口内炎によって、よだれがずっと出ている状態が続いている。
- きじしろくん(2023年7月~)23年3月頃現場近くに遺棄、6月頃まで餌やりが来ていたが、7月に流入。推定1歳。
- ちゃとらくん(2023年7月~)23年7月ごろから現れる。痩せていて人慣れしていない。推定1~2歳。
現場では、2011年10月からまずメスねこの不妊化を開始し、1年足らずですべてのメスの不妊化が完了しました。さらに14年にはオスも含めた全頭不妊化が完了しています。18年11月18日、不妊化が始まる前から現場にいた最後のねこ(さくらちゃん)が亡くなったことで、本来であればそこでM町の地域ねこ活動は終了していたはずでした。もう5年も前のことになります。
けれども上のリストに掲げたとおり、次から次へと流入・遺棄が続いたために、今でもずっと15~20匹程度の現場ねこを抱えているのが現実です(さらに、この一覧から漏れている「いったんお世話係さんが保護して里親さがしを行なうねこ(子ねこ)」が、10匹前後加わります)。「地域ねこ活動はサステナブルか?」という問いに対して、「イエス」という答えが出せない理由のひとつめが、この「流入・遺棄」の問題です。
管理する頭数が減ることで、現場からねこを引き上げておうちねこにする「地域ねこじまい」は、地域ねこ活動のひとつのゴールとされています。お世話係さんの年齢・体力・活動資金も有限ですから、どこかで「地域ねこじまい」をして、活動を終了したいはずです。「地域ねこ活動のサステナビリティ」は、未来永劫地域ねこが外ねことして居続けることではなく、「地域ねこじまい」の手前でねこたちが放り出されないようにすること。そう考えると、流入・遺棄によって地域ねこじまいができないというのは、「地域ねこサステナビリティの危機」ということになります。
そしてもう一点、地域ねこサステナビリティを脅かすものが「高齢化したねこたちにかかる医療費」になります。「冷たいねぐらや乏しい餌、心ない人間からの虐待」ではなく、「暖かい寝床と十分な餌、虐待から身を守れるシェルター」を与えてもらった地域ねこたちは、(外ねこにしては)長いねこ生を送ることになります。経験則的に言って5歳を過ぎた外ねこは「シニア」の領域に入りますが、そのくらいから歯肉炎/口内炎に伴う食欲減退・体力低下が徐々に見られるようになったり、腎臓をはじめとする内臓機能の衰えが目立ち始めます。M町の現場でも、2号ちゃん、おじょうちゃん、とらきちくん、さつきくん、みーくん、さばおくん、ゆかぞうくんと、五指に余るねこさんたちにそのような兆候が見られ、お世話係さんが気を揉む日々が続いています。不調のねこの頭数が多いこと、外ねこであるがゆえの健康管理の限界、そして、地域ねこに対してどこまで医療費をかけるべきなのか・かけられるのかという、二重、三重に答えの出ない問題を構造的に抱えている点が、「地域ねこ活動はサステナブルか?」という問いに対して「イエス」と言えないふたつめの理由です。
サステナブルな地域ねこ活動のために
流入・遺棄の問題と、医療費の問題。これらを解決しなければ、地域ねこ活動は「サステナブル」とはなり得ないことが見えてきました。では、どのようにしてこれらを解決していけばよいのかを考えてみましょう。
「地球規模のSDGs」は、未来永劫とは言わないまでも、人間の一生よりもはるかに長い時間にわたる社会開発の持続可能性を探らなければなりませんが、「地域ねこ活動のSDGs」は、「地域ねこじまい」までの時間について考えれば、とりあえずは事足ります。ですから、現場ねこをおうちに入れてくれる引き受け手を確保し、早々に「地域ねこじまい」を済ませてしまえば、流入・遺棄のリスクも減りますし、医療費負担も分散されることになります。これを、ひとつの解決策とみなすことは可能です。ただし、地域ねこ活動が普及してきた現在において、あちらでもこちらでも「早く地域ねこじまいをしたい、そのための引き受け手をみつけたい」と焦り始めると、この解決法は叶わなくなってきます。
別の道筋を考えてみましょう。SDGsは、社会そのものを変えていこう、というための目標でした。流入・遺棄の問題について考えると、やはり「社会の考え方そのものを変える」という働きかけを諦めてはいけないと思います。流入は、「ねこは外に出してもいいや」「そのうち帰ってくるだろう」「帰ってこなくても、どこかで生きていくだろう」という意識が生み出す問題です。同様に、遺棄は、「飼えなかったら、捨てればいい」「あのねこ好きに世話をさせればいい」という意識が生み出す問題です。小さなことでも、できるところから、SDGsの取り組みに倣って、ひとびとのねこに対する意識を変えていくことが、結局は「サステナブルな地域ねこ活動」の近道となるように感じます。
そしてもうひとつの問題、地域ねこの医療費の問題は、〈地域ねこ保険〉のようなかたちでの「負担の分散化」のしくみを模索していくべきかもしれません。篤志の寄付に頼ることを否定する必要はありませんが、どこの現場でも「地域ねこじまい」の手前でねこたちを放り出すようなことに陥らないためには、損害保険的な互助のシステムがどうしても必要です。それが、自治会のような既存の枠組みを借りるのか、「全国地域ねこ互助ネットワーク」みたいなものの構築によるのか、はたまた物好きな保険会社の手で商品化されていくのかはわかりません。ただ、そうした新しい「なにか」をかたちにしていく責務は、一部のねこ好きだけではなく、社会全体に課せられているのではないか――「地域ねこ活動」と「SDGs」を結びつけると、そんな考え方もできるように思います。